画家 島津康雄 PROFILE

画家・作家情報

画家名:島津康雄

漫画家名:MAOYA(マオヤ)

出身校:東京アニメーター学院、ヨハン美術研究所、衣笠洋画研究所。

好きなジャンル:ファンタジー、歴史。

好きな食べ物:不二家のショートケーキ。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ヴィターリ、すぎやまこういち、久石譲、など。

絵を描くきっかけ:幼児期のクレヨンのなぐり描き。

好きな画家:モネ、ルノワール、ゴッホ、山下清、岩下哲士、浅井力也、など。

好きなアニメ:宮崎駿監督作品、新海誠監督作品、など。

好きな漫画:墨攻、ムカデ戦旗、三国志、火の鳥、ブッダ、など。

お仕事:絵画、絵本、漫画同人誌、売れました。漫画教室の講師をやりました。似顔絵描きをやりました。

現在:重い障害のためクリエイターとしての仕事はしておりません。アーティストとして自分の世界を探求しております。今後デジタルアートを主にやりたいです。


これまでのあらまし

1975年生まれ。

戦争のせいで父が外国人に育てられたこともあり、小学生から中学生まで、外国人の子と間違われ酷いいじめを受け悪口の雨あられで、バカ島津、クソ島津、島津菌、と言われ、角材で殴られるなどして、無口になる。通知表による成績は優秀だった。

中学生の時に、美術教師に褒めてもらう経験があり、入選入賞して皆の前で表彰される。テレビで印象派の番組を見て感動。画家になる決心をする。この頃からヨハン美術研究所へ通い始める。

15歳の時高校生で環境になじめず1年生で中退、通信制高校へ編入。

東京藝大を目指して衣笠洋画研究所へ通うが、手塚治虫のブッダ、火の鳥の影響で漫画を描き始める。

この頃、親に連れられて精神科病院へ通う。誰かが悪口を言っているような症状で統合失調症と診断される。

20歳で高校卒業後、スタジオジブリ作品の影響で東京アニメーター学院アニメーション美術科へ入学、卒業する。

在学中、アニメーション美術のお給料で生活できないことを知り就職せず、実家で餃子を作る仕事をしながら絵を描く。

22歳頃、お店で個展を開き絵画を展示販売する。この頃から絵画など入賞入選する。

その後衣笠洋画研究所へ再び通い田所一紘先生に学ぶが、統合失調症のため辞める。強い苦しみのため入院する。

横須賀市役所漫画研究会へ入り、漫画教室の講師、似顔絵描き、同人誌即売会、などを経験する。

29歳頃、写真家の佐藤敦子先生に会い、その後8年間ギャラリーを借り個展を開く。

その頃、新聞配達をし、32歳で広告の会社でポスティング、営業の仕事をし、ぐったり疲れて幻聴が発症する。幻聴に命令され、自殺未遂になり、重い統合失調症と告知され、二度の長い入院を経験する。幻聴の命令のせいでケガをし、足が少し不自由になる。生活力が落ち、絵を描けなくなる。長い休養をしてその後デイケアで再び絵を描く。

その後、家でも絵を描き始め、再び上野の森美術館の展覧会などに入選するようになる。

現在闘病生活の中で、自由に心の趣くままにデジタルのコミックアートと絵画を独学中。

受賞・略歴

 

主な略歴

 

1990年

文化活動優秀賞(二回)

第42回造形教育作品展受賞

第4回住まいの絵画コンテスト入選

第39回神奈川県少年少女絵画展入選

 

1991年

第43回造形教育作品展受賞

 

1997年

東京アニメーター学院卒業

(アニメーション美術科)

 

1998年

ビッグコミック・キャラクター・ADコンペティション敢闘賞

アクアッシュ絵手紙コンクール佳作

 

2001年頃

0号の絵展プロデビュー支援賞

(芸術団体5月の太陽)

 

2002年

第2回地球絵手紙ネットJAPAN in CACERES河内賞

第9回森乳キャッツ大賞入賞

第15回上野の森美術館日本の自然を描く展入選

第4回宇宙美術館宇宙想像画コンテスト入選

 

2003年

総務省平和切手デザインコンクール佳作

第16回上野の森美術館日本の自然を描く展上位入選

宮本武蔵絵手紙コンクール入選

 

2004年~2008年

第17回~21回上野の森美術館日本の自然を描く展入選

 

2015年~2020年

第28回~33回上野の森美術館日本の自然を描く展入選

 

2021年 

第2回日本の世界遺産を描く全国絵手紙公募展入選

 第34回上野の森美術館日本の自然を描く展入選

 

2022年

第4回富岡市全国絵手紙公募展入選

第35回上野の森美術館日本の自然を描く展入選

 

2023年

第36回上野の森美術館日本の自然を描く展入選

 

その他

 

佐藤敦子先生のギャラリー  個展

中国料理萬新楼  個展